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奈良簡易裁判所 昭和39年(ろ)19号 判決 1964年6月22日

被告人 喜多勝

昭八・一一・一六生 会社員兼自動車運転者

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は、「被告人は、昭和三八年一二月二八日午前三時三〇分頃奈良市法蓮佐保川西町七七〇番地先道路において貨物自動三輪車(奈六そ九二―八二号)を運転中警察官が過労運転等していると認めて停止を命じたのに、右命令に従わなかつたものである。」というのであり、被告人が停止命令に従わなかつたことは被告人の当公廷における供述、証人岡本太一の当公廷における供述および司法巡査岡本太一作成の現認報告書により認められるところである。

しかしながら、司法巡査岡本太一作成の現認報告書によると被告人の運転する貨物自動三輪車が制限速度超過の速度(しかし速度違反の事実については訴追がない。)で走向してきたので停止させようとした旨の記載があるにとどまり無資格運転、酒気帯び運転、過労運転、道路交通法第八五条第三項違反を疑わせた事実については何らの記載がなく、また前記岡本司法巡査の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書によると、通常無資格者の運転練習、過労運転等が行われ易い時間であつたので停止を求めたというのであつて、被告人運転の貨物自動三輪車がいかなる点において右事実に該当するという疑いをかけ得たかについては何らの供述がなく、また証人岡本太一の当公廷における供述によると被告人運転の貨物自動三輪車が、制限速度三〇粁毎時のところを五〇粁毎時位の速度で走向してきたので無資格運転または酒気帯び運転を疑わせたというのであるが、右のような制限速度違反があるからといつて経験則上無資格運転または酒気帯び運転を疑わせるということはできない。

ところで道路交通法第六七条第一項によつて警察官が停止を求めるためには、抽象的、一般的理由では足らず、同項の停止を求める具体的要件を経験則上疑わせる程度の理由を要すると解すべきである。

蓋し、いわゆる一斉取締による自動車検問も現行犯人として取調を受ける場合を除いて、法律上は相手方に対して任意若しくは協力を求めうるにとどまり、これに強制力を認めうる余地はない。そうであるならば刑罰を規定する道路交通法第六七条第一項違反を問責するためには同項に規定された警察官が停止を求めうる具体的要件を疑わせる程度の理由がなければならない筈である。

もつとも、道路交通取締法の本条に相当する第二三条の二第二項には「相当な理由があるとき」と規定されていたのを道路交通法では削除された点で或程度要件を緩和したことになるであろう。しかし法的安定性からも、右要件の緩和によつていわゆる自動車検問に強制力を与えたとまでは解することはできず、従つて道路交通法第六七条第一項の警察官が停止させうる要件は抽象性若しくは一般性しかない理由によつては、充たされないものというべきである。

以上の理由によつて本件について、検察官提出の全証拠をもつてしても、道路交通法第六七条第一項の警察官が停止を求めうる要件を充たした場合とは認められないので、それに基づく停止命令違反を問う本件被告事件は、結局犯罪の証明がないことに帰し、刑事訴訟法第三三六条後段に従い、被告人に対し無罪の言渡をすべきものであるる。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 鎌田泰輝)

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